■ こんな記事を見つけました | ||
1967年度卒 工学部通信 佐 藤 一 | ||
先日,学園史資料センターに伺った折,昭和43年12月15日発行の機関誌「東海」に掲載された橋本泰三 郎君の「わたしの実習体験記」の記事を見つけました。 テ ー マ :「電波による地域開発を」 サブタイトル:−放送の現場に立って− です。 記事は橋本君がFM東海で実習を体験した時のものです。 彼は本文の中で1.聴取率調査,2.専門局化,3.ドラマを例に作品制作に必要な原作,脚色,演出,演技,音響 のチームワークの大切さを指摘しています。 先日,橋本君に会ってその時の記事をHPで紹介させてほしいとお願いをして,快諾いただきましたのでここに ご紹介します。 ここで少し時間の経過を追ってみることにします。 彼が卒業してからの約10年はVTR開発の時代と言っても過言 ではないと思っています。 1971年には3/4inchVTR(U規格)の発売,1975年・1976年には ホームビデオの発売,と社会ではビデオを中心とした機器開発 が主流だったようですが,1979年に思いもかけないことが起こり ました。 それはマイコンPC-8001がベストセラーとなったことです。ちょう どこの年は忘れもしないインベーダーゲームが大流行して街中 では100円玉が不足するという社会現象までおこりました。 1980年代になるとわれわれを取り巻くあらゆる機器類が「デジ タル」を意識して商品が開発されたことです。 また,1983年はニューメディア元年と言われ,CDプレーヤーが 発売されたことにより1948年以来使われ続けたレコードの販売 に陰りが出てきた年でもありました。さらに,90年代に入ると日 本の家庭で電話回線とパソコンを直接つないでインターネット に接続してさまざまな情報を検索するようになりました。 2000年になるとパソコンも小型軽量・高性能に拍車がかかり, パソコンはインターネットに接続することが当たり前という考え方 でパソコンが生まれマルチメディアメディアパソコンという呼称で 販売されるようにもなりました。 マルチメディアの概念のひとつである「インタラクティブ」性,デジタル化による多局化が実現されようとしている 今日,放送と通信の融合という視点を加えて,橋本君の指摘した点を考えてみることも大事なことではないか と思います。 橋本君の記事を取得する。 |
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